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岡山県南西部の井原市(いばらし)。
市内の旧 美星町(びせいちょう)は星がきれいに見える「星の町」をキャッチフレーズにしていることで有名だ。
実は、美星という町名は美山(みやま)と星田(ほした)の合成地名。
そのため「星の町」というのは語呂合わせのように思える。
しかし、実は星の町を名乗るちゃんとした理由があるのだ。
それはかつて町内に流星が落下したという伝説。
その流星落下伝説ゆかりの神社が『星尾神社(ほしお じんじゃ)』だ。
毎年旧暦の七夕(7月7日)に近い日である8月7日には、「七夕祈願祭」も開催される星尾神社について紹介しよう。
星尾神社の概要
神社名 | 星尾神社(ほしお じんじゃ) |
---|---|
別名 | 星尾大明神(ほしお だいみょうじん) 星の宮 |
祭神 | 高皇産霊命(たかみむすびの みこと) 天之御中主神(あめの みなかぬしの かみ) 神皇産霊命(かみむすびの みこと) |
利益 | |
創建 | 承久年間(1219〜1222年) |
旧社格 | 村社 |
鎮座地 | 井原市美星町星田5276 |
連絡先 | 0866-48-2863 |
駐車場 | 有り(2ヶ所) |
HP | 星尾神社|岡山県神社庁 |
備考 | 岡山県神社庁加盟 |
星尾神社の鎮座地
星尾神社が鎮座するのは井原市美星町の星田(ほした)。
美星町は2005年に井原市に編入合併した地域で、井原市の北東一帯にあたる。
全域が吉備高原という高原地帯にあり、酪農・畜産・農業などが盛ん。
その美星町の西部にあたるのが星田地区で、星田の北西端に星尾神社は鎮座している。
星尾神社の由緒
鎌倉時代初期の承久年間(1219〜1222年)にこの付近に流れ星が3つ落下。
1つは現在の星田、2つは星田の北隣の黒忠に落下したという。
この地を治めていた豪族・妹尾兼定(せのお かねさだ)は、落下地点のすぐそばにそれぞれ社を建てて祀った。
そのうちの星田の落下地点に建てられたのが星尾神社だ。
その後、鎌倉時代後期の正中元年(1324年)にこの地を治めていた豪族・妹尾平治右衛門(せのお へいじえもん)は、重病が回復したのは星尾神社の御神徳だとし、約200m南西の森に神社を建立して現在の星尾神社とした。
またこの地はもともと黒田村という地名だったが、これを期に星田村に改称したという。
ちなみに隣の黒忠地区の落下地点に建てられた神社も現存している。
なお星尾神社の社殿は現在北向きだが、もともと社殿は南向きだった。
しかし、あるときにここから真南へ約18kmのところにある笠岡(現 笠岡市中心部)の漁師が、不漁が続くのは星尾神社が南向きに建てられているせいだとのお告げを聞く。
そして笠岡の両氏たちが星尾神社を訪れて北向きに社殿を建替えるように懇願し、今のように北向きの社殿に。
これにより笠岡の漁師は豊漁にめぐまれ、星尾神社の祭のときには笠岡から魚三荷が奉納されるようになったそうだ。
残念ながらこの笠岡からの奉納は江戸時代の天保期(1830~1844年)に廃止されたようだ。
現在ある社殿は、江戸時代の貞享年間(1684~1688年)また明和年間(1764~1772年)に再建されたものとされる。
また旧社地である流星落下地点には「星尾大明神 降神地」の石碑と石灯籠が建てられている。
星尾神社の周辺

南側から北を望む。右側の脇道を奥へ入れば星尾神社。
その脇道の奥手に車が見えるが、そこが第2駐車場。
星尾神社は岡山県道291号線の近くに鎮座している。
県道291号線は神社のある星田や隣の黒忠あたりは片側1車線で広いが、井原市街から星田までの間はところどころ狭い区間がある。

北側から南を望む。左手の空き地が第2駐車場。
第2駐車場が県道沿いにあるので便利だ。
第2駐車場から北東へ100mいけば星尾神社の社頭へ着く。
社頭に鳥居があり、その右手が第1駐車場。
道沿いに車を停車する形で、駐車台数は多くない。
星尾神社の境内
社頭の鳥居。
鳥居横にある星尾神社の社叢についての案内板(画像クリックで拡大)。
星尾神社の周囲の森は井原市指定の天然記念物だそう。
鳥居をくぐって社殿へと向かう参道。
距離は60mくらい。
社殿に向かう石段と狛犬。
狛犬。
石段を登れば社殿だ。
石段上から参道を見下ろす。
石段を登るとすぐ左手に手水鉢。
ごく簡素なものだ。
星尾神社の社殿。
左側が拝殿でその裏に本殿。
右の小さな祠は境内社(神社の境内に祀られた、本神社とは別の神社)。
本殿を右手前から。
本殿を右真横から。
本殿を右斜め後ろから。
本殿を左斜め後ろから。
本殿を左手前から。
拝殿を左真横から。
社務所は本殿の左手にある。
社務所を社殿の裏手から。
本殿の右手にある境内社。
星尾大明神 降神の地
旧社地である流星(隕石)の落下地点は社頭の鳥居から北東へ約130mほどいった場所。
道路と田の間のあぜになる。
立派な石灯籠と小さな石碑が今も建つ。
石碑は新しいもの。
石灯籠は古く「星尾宮降神」と刻まれている。
星尾神社の行事
七夕祈願祭
毎年8月7日に開催。
星の宮ということに因んで1988年から始められている。
全国各地から願い事が書かれた短冊が集められて、神事の後にお焚き上げを行う。
【星尾神社 七夕祈願祭】8月7日開催!流星落下伝説の神社で星に願いを(井原市美星町)
星尾神社への行き方
マイカーでむかう場合、国道486号線から分岐する。
東方面から来るときは矢掛町の小田駅そばの交差点から県道48号経由で広域農道を通って美星町へ入り、美星産直プラザ付近から県道77号線を西進する。
西から来るときは、井原市中心部の西江原町の西新町交差点から県道291号線を使えば星尾神社のすぐ近くに着く。
しかし途中道がかなり狭くなっている区間が何ヶ所かある。
井原市中心部からは国道313号線を北上して芳井町に入り、芳井町北部で県道877号線を東進する行き方が広い道で行けるのでおすすめだ。
ただしこちらは距離が少し長くなる。
また公共交通機関を使う場合、美星町内には鉄道は通っていない。
バスの便は市内循環バス「あいあいバス」があるが本数が少ない上、起点が市役所支所となり鉄道駅と接続しておらず実用的ではない。
もしバスを使う場合は井原鉄道の井原駅から美星方面の便に乗り「美星産直プラザ」で下車、県道77号線を西へ約4km歩くか、タクシーだ。
一番楽なのは井原駅からタクシーだが、料金の目安は4600円くらいで、かなり金額がかかる。
まとめ
- 鎌倉時代初期に落下した流星(隕石)の落ちた場所に建てられた
- 鎌倉時代後期に現在地に遷座
- 最初は南向きの社殿だったが笠岡の漁師の懇願で北向きに変わる
- 現在の社殿は江戸時代前期に再建されたもの
- 毎年8月7日に七夕祈願祭を実施