肥国(肥前・肥後国)の地名由来。実は「火の国」ではない!?

阿蘇山

肥国(ひのくに)は、現在の佐賀県対馬・壱岐を除く長崎県熊本県にあたる旧国(令制国)です。火国肥伊国とも表記されます。

7世紀末までの間に肥前国(ひぜんのくに、ひのみちのくちのくに)・肥後国(ひごのくに、ひのみちのしりのくに)に分割されました。前者は佐賀県と対馬・壱岐を除く長崎県、後者は熊本県にあたります。

肥国の地名由来は、一般的に火山に由来するとされています。

しかし、本当に火山由来が正しいのでしょうか?

私は由来は別にあると考えています。

古い地名の由来は諸説あります。
あくまで当サイトでの見解です。

一般的な説と諸説

雲仙普賢岳

雲仙普賢岳

火山由来=火の国説

冒頭の通りもっとも有名で、一般的な由来とされています。

肥国が火国とも表記され、さらに肥前国側に雲仙岳、肥後国側に阿蘇山という大きな火山が存在していることが地名の由来となっています。

不知火由来=火の国説

上記同様に火国と表記されることに基づいた説で、「火」は不知火(しらぬい)に由来しているというもの。

不知火とは、有明海や八代海に夜中に見える自然現象で、漁り火が蜃気楼により出現する光です。原因が解明されるまでは、妖怪と信じられていました。

水路由来=樋の国説

肥後国八代郡肥伊郷(やつしろのこおり ひいごう/ひごう)を由来地とする説。

肥伊郷は、現在の氷川河口部(現 八代郡氷川町付近)にあたります。

また「肥/火=樋」とし、樋は水路・水脈を意味します。

この場合、氷川河口の扇状地を流れる水脈を表現しているのが由来とする説です。

干潟由来=干の国説

上記同様に肥後国八代郡肥伊郷を由来地とする説。

肥伊郷を氷川河口部に否定する点も同じ。

しかし上記と異なり扇状地由来ではなく、氷川河口沖から八代海に広がる干潟を由来とします。

当サイトの見解

由来地は肥後国八代郡肥伊郷

国内に国名と同名の郷がある以上、これを由来地と考えるのが自然です。

当サイトでは「広域を表す古地名は、範囲内の一地域の地名に由来」しているという事を重要視しています。

「火の国」は当て字

阿蘇山

阿蘇山

私は古い地名は当て字であり、字面通りの意味ではないことも重視しています。

そのため「火の国 」を理由としている火山説や不知火説は伝承にすぎないと考えています。

なお「火の国」説が一般化したのも熊本県が「火の国」を通称としてPRしているのも大きいのではないかと。

くわえてこの地方での火山の噴火の記録は、古いものでも8世紀以降です。これよりも前から肥国は存在していたので、火山説には疑問が残ります。

肥伊郷=干潟

島原湾

島原湾

残る「樋=水路」説と「干=干潟」説ですが、水路説より干潟説が有力と考えています。

肥国で特有な点があります。
それは筑紫や吉備など他の分割された国は陸地に境界を引かれたのに対し、肥国は海域で境界が引かれました
つまり肥前・肥後は陸地で接していないのです。

両国の有明海・島原湾、また肥後国側でありますが肥前との国境に近い八代海は、いずれも大規模な干潟が広がっています。

この干潟が広がる一帯の海を古くは「干の海(ひのうみ)」と呼びました。

干の海の南部にあたる現八代海の干潟を開拓して出来た地が八代郡肥伊郷であり、肥伊郷に拠点を置いた国であるため肥国と呼んだものと考えられます。

「氷川」も「干の川」に由来しているのではないでしょうか。

そして肥伊郷から干の海を拠点に勢力を広げていったため、海を挟んだ国域になったのでしょう。

まとめ

当サイトでは、肥国の地名由来は下記の通りと考えます。

  • 肥後国八代郡肥伊郷が発祥地
  • 肥(火)は干、つまり干潟を意味する
  • 現在の八代郡氷川町が肥伊郷の推定地
  • 現氷川河口にあった八代海の干潟を開拓した土地
古い地名の由来は諸説あります。
あくまで当サイトでの見解です。

参考資料

  • 楠原佑介ほか『古代地名語源辞典』東京堂出版(1981年)
  • 池邊彌『和名類聚抄郷名考証』吉川弘文館(1966年)