漢字に惑わされるな! 古い地名は字面通りの意味ではない!?

漢字に惑わされるな! 古い地名は字面通りの意味ではない!?

古い地名、特に古代やそれ以前の地名は、漢字表記通りの意味ではないことが殆どです。なので、漢字から地名の由来を探るのは困難です。

なぜ、字面通りの意味ではないのでしょうか。

古地名は日本に漢字が伝わるより前からあるものが多い

諸説ありますが、日本に漢字が伝来したのは古墳時代といわれます。しかし、漢字が伝来するより前から古い地名は存在していたと推定されます。

その地名は、日本人が元々話していた言葉によって命名されたものです。

その後、漢字が伝来すると日本語の地名を漢字で表記するようになっていきます。

しかし、伝来した漢字の意味に対応する日本語を当てる作業が、全ての日本語に対して行われるのはもっと後の時代です。

最初の頃はまだ山とか川など一部の漢字しか、漢字の意味と同じ意味の日本語の読みが当てはめられていませんでした。

そのため、地名の多くは漢字の意味を無視して日本語の音と同じ音の漢字を当てる、つまり「当て字」により地名が表現されました。

地名の好字二字化

律令体制施行頃から地名の好字二字化が始まる

上記に加え、飛鳥時代の大化の改新後の律令体制になると、中国に倣い、地名を好字二字で表現するようになりました。

これにより強引に漢字二字で表現されていきます。

これは国名に限らず、郡や郷に対しても同様です。

三文字以上の地名も強引に二字化

国名由来

例えば漢字三字以上の地名を二字化する際に、適切な音の漢字があれば、うまく二字化して読み方もすんなり読めます。

しかし、適切な音の感じがない場合、表記上は文字を脱落させて二字化し、その上で読み方は三字以上のときと同じ読み方をするというトリッキーな地名も多数生まれました。

例として、武蔵も駿河も信濃も、本来の漢字の読みからはとても「むさし」「するが」「しなの」と読めません。
本来の漢字の読み通りに読むとしたら「むさ」「すが(すんが)」「しの(しんの)」となってしまいます。

これは、元々の地名は漢字三文字で、武蔵にはお尻に「し」の読みを示す一字、駿河は真ん中に「る」」の読みを示す一字があり、それを漢字表示上は省略して強引に二字化し、読みは従来通りの読み方をしたものと推定されます。

信濃の場合は、以前は「科野」と表記されていたので、二字だった科野を好字に置き換えをはかったが、二字では適切な好字がないため、一旦好字三字で表記した上で、文字を省略して二字化するといった手間の掛かった変化を行ったと考えられます。

国名由来

近江や遠江も、本来は近つ淡海・遠つ淡海(これは漢字の意味通りの地名となっている)でありますが、二字化により海を江に置き換えた上でそれぞれ元の地名から近・遠と江をピックアップして組み合わせて「近江」「遠江」と表記。

しかし、読みは遠江が従来の読み通りの読み方にしたのに対し、近江は従来のよみの「淡海」の部分である「おうみ」となりました。

次に、旧国名や郡名は範囲内の一地域の地形に由来している! でも説明した、前中後や上下に分割した国名。

これは、分割前の国名の一字と前中後上下を組み合わせて新国名が命名されています。

しかし元は前中後なら「○○道前/中/後国 (○○のみちの くち/なか/しり のくに)」、上下なら「上/下○○国 (かみつ/しもつ ○○のくに)」とし、それを略する形で国名の一字と前中後上下を組み合わた表記になりました。

一方、読みに関しては、元の「○○のみちの くち/なか/しり のくに」「かみつ/しもつ ○○のくに」のままでした。

後年になり、前中後に分かれた国は音読み化され、上下に分かれた国は音が変化した読みになりました。

一字の地名も強引に二字化

国名由来

また、「木」や「津」といった一文字の地名は、語尾を伸ばして強引に二字化されました。
木→キ→キィ→紀伊、津→ツ→ツゥ→都宇(津宇)などです。

また、「泉」の場合は、好字である「和」の字を付け加えて「和泉」として好字二字化させ、しかし「和」の字は読まずに、読みは従来のままの「いずみ」としました。

和泉と同様に津も「摂」の一字を加えて「摂津」とし、「摂」を発音せずに「摂津」と書いて「つ」と発音させました。

なお、摂津の場合は後年になり「摂」を発音するようになり「せっつ」と読むように変化しました。

ちなみに津に「摂」の字を冠したのは、一時期、津の地名由来地である難波の津を管轄する「摂津職 (せっつしき)」という役職が存在したことに由来するといわれています。

このように、前述の漢字の当て字に加え、好字二字化による強引かつトリッキーな変化が、地名の由来をよりわかりにくくさせてしまいました。

まとめ

このように、古代の日本は漢字が伝来したことで、従来の日本語と合致させるまでの間に苦労があったことが想像できます。

そしてその過程において一部の地名を当て字で表すという当時の人の工夫により、逆に現代の私達には従来の地名の意味が伝わりにくくなっているのです。

また、好字二字化は、上記に加えてますます現代の私達に地名の由来をわかりにくくさせてしましました。

地名の好字二字化は、当時の人々にとっては大変な変化で慣れるまで困ったのではないでしょうか。

政治が決めたことに国民が振り回されるのは古代においても同じだったようです。

参考資料

  • 池邊彌『和名類聚抄郷名考証』吉川弘文館
  • 楠原佑介ほか『古代地名語源辞典』東京堂出版
  • 二宮道明『地理学事典 改訂版』日本地誌研究所
  • 『岡山県の地名』平凡社
  • 今尾恵介『生まれる地名、消える地名』実業之日本社
  • 楠原佑介『こんな市名はもういらない!』東京堂出版