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日生(ひなせ)は、岡山県の最東南にある備前市、その最東部にあたる旧日生町(ひなせちょう)にある大字です。
元は和気郡(わけぐん)日生町の中心地区でした。
2005年3月22日に旧備前市と和気郡日生町・吉永町が新設合併して新しい備前市となります。
現在は旧町名を冠して日生町日生というのが正式名。
2000年代中頃よりご当地グルメ「カキオコ(カキ入りお好み焼き)」で有名になり、観光客が増えました。
そんな日生をご紹介。
あくまで当サイトでの見解です。
「日生」とはこんなところ
備前市東南部の瀬戸内海沿岸の地区です。
南方に鹿久居島(かくいじま)・鶴島(つるしま)・幸(鴻)島(こうじま)・楚(曾)島(そしま)・首切島(くびきりしま)・大多府島(おおたぶしま)などの島があります。 日生諸島の大部分にあたります。
これら島嶼も日生の一部です。
陸地側は山と海に挟まれた間の平地部や、西部の山中から東方へ流れる中州川の谷部や下流部に集落が集中しています。
古くから港町・漁村として栄えました。
漢字表記は古くは「日成」とも。
また読みも「ひなせ」の他に「ひなし」とも呼ばれました。
近現代になると古くからの漁業や海運業の他に耐火煉瓦の製造も盛んになります。
産物としてはカキ、シャコ、チヌに加え、丘陵地での果樹栽培によるミカンなど。
特に近年カキは県内屈指の生産地で、岡山県は全国3位のカキの産地であることから、日生は全国屈指のカキの産地といって支障はないと思います。
近年カキオコが注目されましたが、カキの産地ならではの自然発生的な名物料理です。
地名の由来
一般的な説
一般的な説として、日の出の景観が美しい場所であったことにより「日をなす」から日生(ひなせ/ひなし)に転じたとする説があります。
しかしこれは漢字からの連想による説話であると筆者は考えます。
古い地名は地形に由来する可能性が高いと思います。
後述の歴史の項で述べますが、島嶼部は日生の枝村で本村は陸地側でした。
ですので地名の由来は日生の陸地側にあるとみてよいでしょう。
日生=「干の瀬」「干成し」か
日生の地名の由来は「干の瀬」または「干成し」、つまり干潟の広がる浅瀬であると当サイトは考えます。
現在の日生の中心部は中州川河口部にあたりますが、この地は昔干潟が広がっていた地だと推定できます。
その干潟を開発して出来た町であることが由来と考えます。
「干の瀬(ひのせ)」「干成し(ひなし)」が「ひなせ」や「ひなし」に転訛し「日の(な)生→日生」や「日成」の字を当てたのだと思います。
歴史
古代は現在の和気町南部を中心にしたといわれる和気郡新田郷(にゅうたごう)の一部に含まれていたとされます。
中世には新田新庄(にゅうたしんじょう)の一部。
応永21年(1414年)に「日生」の右衛門丞などが紀州熊野山に参詣していることが同年3月の「新田新庄参詣者交名願文」(和鋼記念館所蔵文書)に記載されています。
これが日生の初見。
また文安元年(1444年)の同願文(同文書)に「日生村」「中日生村」の記載があります。
さらに文安2年(1445年)の「兵庫北関入船納帳」に「日成」からの船が兵庫北関へ入港している記録も。
江戸時代には岡山藩領。
近世初頭から加子浦(かこうら、中世における加子浦とは軍船や輸送船の海上労働を担う港のこと)として水上輸送関係の仕事に従事。 専用漁場の用益を保障されていました。
古くから漁業も盛んで、初め大網を使い集団操業していました。
18世紀前半になると小網数が増大。 自立した小漁民による個別漁業に移行します。
この頃から現代の日生の代表的な漁法「坪網」「流せ網」が盛んになります。
日生沖合の漁場では難田村・虫明村・尻海村などの周辺漁村との争論が勃発。 解決のために漁業協定を結んでいます。
書物『備前記』によると日生村の東部に八幡宮(現 鹿島八幡宮)、北部に春日大明神(現 春日神社)、中央に真言宗日生山福生寺、一向宗宗運坊があったとされます。
また現在日生中南部にある西念寺は浄土真宗本願寺派で、宝永5年(1708年)に寺号の免許を得たとされます。 初めは一向宗道場で、播磨赤穂郡加里屋(現 兵庫県赤穂市)の万福寺の末寺でした。寛文6年に神道施設に変わりましたが、延宝3年(1765年)に再び仏教になります。
島嶼部では、大多府島は瀬戸内海の避難港として重要な島でした。
鶴島はキリシタン流刑地となった島です。
明治22年(1889年)の町村制施行を受けて和気郡日生村と大多府村が合併して日生村となります。役場を日生に置きました。 同39年には町制を施行して日生町に。
昭和30年(1955年)に和気郡日生町と福河村が合併して日生町になります。
そして平成17年(2005年)3月22日に旧備前市と和気郡日生町・吉永町が新設合併して新しい備前市となりました。
参考資料
- 『日本歴史地名体系三四巻 岡山県の地名』平凡社(1981年)
- 巌津政右衛門 『岡山地名事典』日本文教出版社(1974年)
- 『岡山県大百科事典』山陽新聞社(1979年)
あくまで当サイトでの見解です。